人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル
SFというより、現代のAIとそれをとりまく技術を元にした軽快な犯罪小説。キャラ立ちや展開ともにエンタメとしての完成度がすごく高い。関係性萌え的なところがちょっと弱い気はしますが。
SF的な飛躍の薄さが優秀賞にとどまった理由と選評から読み取れるが、むしろそこがこの作品の美点で、誇大広告的に語られがちなAIが現実的に描かれている。著者が人工知能関連技術を学んでいるまたは仕事で触っているのではないかという感じのリアリティ。参考文献にもPRMLこと『パターン認識と機械学習』が挙げられており、話にもそんなに関係ないので、このくらいは読んで書いてるぞ、という圧ではと感じた。それ以外の参考文献は、内容と関連する英語論文ですね。とにかく地に足がついており、基本的に出てくる問題は、現実的に人工知能でクリア可能な問題に落としこまれる。それは主人公がエンジニアであり、現実的な問題設定へと着地させているからなのだが、その辺のエンジニア解像度が非常に高い。
ある意味エンジニアのお仕事小説とも言えるくらいになっていて、こういう技術者いるなあという振る舞いが随所に出てくるし、細部の技術描写も冴えている。技術展示会での描写もとても良い。
「ビジネスよりの展示会で紹介される技術ってのは、お題目と現実がかけ離れているモノも多いだろ」
僕は頷いた。それも深めに頷いた。
「若い技術者はその乖離が我慢ならないんだよ。会社の命令とは言え、テレビショッピング顔負けの浮ついた説明をするたび、自分の舌を引き抜きたくなってるんだ。
p.122
この辺もそうですが、エンジニアのプライドが話の核になっている。主人公はすでに挫折してドロップアウトした人間で、登場するライバルと比べ、自分が凡人であると感じている。描写読む限り、結構優秀なんですが自己評価が低い。もっとすごい人がいるのを知っている人あるあるですね。藤井太洋『ハロー・ワールド』も語り手の自己評価が異様に低かったけど、多分同じ。『ハロー・ワールド』よりこちらの方が感情移入できると思ったが、その違いとしては、ライバルとの対比を通して、エースになれなかった悔しさ、それでも諦めきれないプライドが通底しているからだろう。その気持ちにグッとくる。
ライバルは極めて優秀かつ嫌なやつで、「python書けりゃ先生扱いの世界だ」とか言ってくるのが印象的。やめたげてよお。それよりは全然優秀っぽいですけどね、主人公。典型的なブリリアントジャークって感じの嫌なやつではあるんですが、彼もまた挫折を抱えている。
彼らが青臭い理想をぶつける結末はとてもエモい。AIに関する理想の話で、賞の審査員からは物足りないと感じられたようだが、これだけディテールを積み上げたラストに、ぶつけられる主人公の理想はとても心地よい。個人的にはこういう話が読みたかった、という思いがあり、とてもうれしい。巷にはやれシンギュラリティだのとアホみたいな美辞麗句の並んだ、それこそ先に引用したお題目と現実がかけ離れたAIに関連する書籍やニュースが蔓延っている。個人的には、あの辺の誇大広告には心底苦々しく思っていたので、快哉を叫びたい気持ちだ。
ところで、この作品では主要登場人物の名前は全員数字で始まっている。1から9までで、2と7以外は登場する。七並べを好むキャラが出てくるので、7はすでに盤面にあると考えて良くて、六条が主人公である三ノ瀬を連れてきて始まるので、多分六。六条に連れられて出てくるのが、バディの五嶋。主人公の元同僚たちは六条たちヤクザやアウトローではない世界の人(のはず)なので、八雲、九頭(こいつがライバル)と続くのか。で、七並べを好む敵四郎丸。主役二人に挟まれた四が敵役だけども、これは四を出さないことで妨害しているってことか。一川がビジョナリの主人公の元上司で最初の敵役。一川の理想は現時点では叶わないことが示唆されているので、三ノ瀬から一川につなぐ2が不在。と解釈した。あってるかはわからない。続編が出せそうなエピローグだけど、システマティックなネーミングは続編出すのに困りそうだと思った。
総じて、かなり現実的な作風のAIモチーフの犯罪小説なので、SF的飛躍やAIに夢を見ている人にはあまりおすすめできない。地に足のついたAIの描写を読みたい人やスカッとしたエンタメを読みたい人、エンジニアあるあるを楽しみたい人にはおすすめできる作品だ。
2000年代海外SF傑作選
出ないかと思ってたら、10年遅れで出てくれました。80年代、90年代のように上下巻で出てほしかったですが、出版されたこと自体がありがたいので、とにかく感謝。上下巻ではないので、この年代から活躍した作家が中心になっていますね。それ以前からの活躍組はイーガンくらいでしょうか。編者の橋本さんとは同世代なので、同じ時期にSFを読んでいた人の編んだものだなあと感じられるラインナップ。
素晴らしい本なのですが、短編の初出はあっても、翻訳の初出情報がないっぽいので、補足しつつ各編のレビューを。
ミセス・ゼノンのパラドックス
初訳作品。巻頭に置かれたのは、ゼノンのパラドックスをモチーフにした掌編。イメージの変遷がきらびやかで良いです。日本では短編がいくつか紹介されるに止まっており、2000年代の作家としての印象は薄い作家です。
懐かしき主人の声 (ヒズ・マスターズ・ボイス)
S-Fマガジン2011年12月号「The Best of 2005-2010」掲載。同号からは本初収録の「可能性はゼロじゃない」、本書にも作品が収録されたアレステア・レナルズ「トロイカ」、売り上げ的にもゼロ年代SFを牽引したジョン・スコルジー「ハリーの災難」、ゼロ年代はインドを舞台とした作品を中心に活躍したイアン・マクドナルド「小さき女神」も収録の重要な号でした。
ポスト・サイバーパンク作品『量子怪盗』のシリーズで活躍したハンヌ・ライアニエミは、面目躍如たる犬と猫を主役に据えたポスト・サイバーパンク。『量子怪盗』も2010の作品なので、どちらかというと10年代の作家という印象ではあります。ルビに振られた原題(HMV)の通り、音楽が意外な形でモチーフになっています。雑誌掲載時は、タイトル通り、His Master's Voice を模したイラストが扉絵になっていました。長編並みのアイデアが投入されており、短さのわりに濃密な作品。複製に透かしを入れて対応というところとかゼロ年代っぽいです。なかなかの佳作。
第二人称現在形
S-Fマガジン2007年1月号「ドラッグSF特集」に「二人称現在形」として掲載。
ゼロ年代に流行ったリベット実験を元にしたSF。同じようにリベット実験を元にした作品としては、テッド・チャン「予期される未来」(2005)、伊藤計劃「From the Nothing with Love」(2008) などがあり、当時の流行りだった感じがあります。
ドラッグにより人格が変わってしまった少女を中心とした親子の物語。掲載当時は大傑作だと思ってたが、今回再読して良作くらいの評価に落ち着いた。特殊な形の自殺を、面白いアイデアで話に落とし込んでるところが当時は気に入ったのかも。今は人の親になったので、親側の気持ちで読んでしまう。人格が変わってしまっても娘は娘だと思えるとは思うが、どうだろうか。本作の設定通りなら、作中ドラッグのオーバードーズで発生する人格は単一のものではなく、偶然に一つに決まるので、理想の人格が出るまでガチャを回すことが可能な気がする。かなり邪悪な話に落とし込めそう。
地火
初訳作品。言わずとしれた『三体』の劉慈欣。ヒューゴー賞の受賞、日本での翻訳は10年代に入ってからだが『三体』の原書は2005, 2007, 2010。2000年代傑作選に載るのがふさわしい作家です。
効率が落ち、労働者の負担ばかりが大きい仕事場と化してしまった炭鉱を、新たなアイデアで救おうとするが…という作品。かつてあった故郷の喪失と夢の挫折という苦味が本作の一番の味。とはいえ、それでは終わらず、遠未来を幻視してみせ終わるという、少し古いとも愚直とも思える結末を採用しているのが劉慈欣らしさでしょうか。『三体』にもあった、現代の作家には滅多に見られず、本邦なら小松左京くらいにしか感じられない、大きい共同体やビジョンを率先している力強さが本作にも見られます。
シスアドが世界を支配するとき
S-Fマガジン2008年3月号「2007年度英米SF受賞作特集」掲載。本作もそうですが、ギーク系の作家という印象が強い。それはこの次に掲載されているストロスも同様で、二人揃ってS-Fマガジンで特集されたこともある (2011年5月号、二人の合作もさることながら、ポストサイバーパンク世界でのジーヴスパロディというストロス「酔いどれマンモス」が傑作)。
ある日、同時多発的なテロにより世界が壊滅。社内システムメンテにビルに取り残されたシスアドたちは、ネット上に自分たちの共和国を作り上げる。2000年代頃のネットに期待された自由の気風、グッドオールドデイズといった趣があります。しかし、2007年に書かれた本作の時点で、夢の王国は一時の麻酔的な夢でしかなく、実態としてはなんの意味もなく瓦解し、彼らは残された世界でなんとか生き延びていきます。作品内では実のところ目立つアイデアもなければ、SFというほどの要素も実はない作品ですが、その失われた夢がSFらしさを担保しているとも言えます。2007年でも失われた夢は、2020年にもなるとまだこれでも美しすぎるように感じられるのが本当に悲しいところで、現在に本作を読む意味でもあるのかもしれません。しかし、自分の子をジョークでも〈2.0〉と呼ぶギーク仕草は気に食わないということは記してもいいかもしれません。
コールダー・ウォー
S-Fマガジン2005年08月号「宇宙戦争特集」掲載。個人的にはゼロ年代デビュー作家の中でもっとも好きな作家ストロス。大傑作『アッチェレランド』など、ポストサイバーパンクの色の強いニュースペースオペラ作品で、鮮烈な印象を残しました。比較的翻訳紹介がされた方の作家ではありますが、『アッチェレランド』の単行本以降単著の紹介は途切れています。傑作だけど分厚いし、売れなかったのかなあ…。
本作はクトゥルー的兵器が冷戦の抑止力として使われている架空歴史物。諜報組織の男を中心に置き、エスピオナージュの雰囲気で楽しませてくれます。ショゴスの兵器描写など非常に愉快です。ストロスのサービス精神の豊富さがよくでた作品ながら、クトゥルー神話に親しんでいる方が楽しめる作品でもあります。
可能性はゼロじゃない
「懐かしき主人の声」と同一のS-Fマガジン掲載なのは先述の通り。著者のN・K・ジェミシンは、〈破壊された地球〉三部作で2016からヒューゴー賞三年連続受賞、2000年代傑作選収録ながら、2010年代を代表する作家です。
万が一が当たり前に起きるようになってしまったニューヨークでの一人の女性の生活を描く一作。これもこの前二作と並び、カタストロフの気配が背中に張り付いた作品ではあるかもしれません。こうした出来事が起きた時に、信仰の問題が作中に強く埋め込まれているのが非常にアメリカ的と感じます。
暗黒整数
S-Fマガジン2009年3月号「2008年度英米SF受賞作特集」掲載の後、短編集『プランク・ダイブ』に収録。「ルミナス」(1995) の十年以上後に書かれた続編。イーガンは現代最高のSF作家と呼ばれて久しく、2000年代も2010年代も(特に本邦では)重要な作家であり続けた。90年代SF傑作選に採録された「ルミナス」に引き続き2000年代SF傑作選に収録されるにふさわしい作家でしょう。
「ルミナス」ではオルタナティブ数論によって構成された異なる世界を見つけ、その接触に成功/失敗した後、彼方の世界と連絡を取り合うことに成功したが、その関係は引き続き緊張を保ったものだった。本作を読むために「ルミナス」を再読したのですが、当時はエスピオナージュ的な筋書き(特に冒頭の工作員との駆け引き)が印象に残っており、この異様なアイデアをあまり覚えてなかったことには驚きました。これ数学をわかってない人じゃなくて、十分に理解している著者から出てきているところがすごい。バカSFの極みとも言える作品。「数学が物理世界に従属する」というアイデアからディテール込めて書くのは本当に異様。数学を抽象的な存在として扱っているとイデア論者と言われるの本当に納得がいかない。こんな馬鹿げたアイデアを背景にしながら、前作は諜報活動っぽかったですが、本作は冷戦にもなぞらえられる緊張感ある駆け引きの物語になっています。冷戦テーマというか終末が訪れる話が三本目。日本ではセカイ系が流行ったのが2000年代でしたが、海外もそれに近いムーブメントがあったということでしょうか。
2020/12/19 追記:指摘もらって気づいたけど、ムーブメントも何も911ですね。完全に失念してたのとテロの時代とは思っていたけど、そこと世界の終わりがくっついてるあの空気を忘れていました。
ジーマ・ブルー
初訳作品。レナルズの新作が翻訳される喜びを噛み締めています。レナルズ『啓示空間』は、本邦にニュー・スペースオペラが紹介される嚆矢となった一作。1000p越えかつハヤカワ文庫SFでありながらイラスト全面表紙のいわゆる青背ではなかったことも印象的でした。今も〈レベレーション・スペース〉の量子真空が早川書房の文庫で一番分厚かったりするのでしょうか。
本作もレナルズらしい遠未来のテクノロジーが進み切った世界を舞台とした物語。ジョン・ヴァーリイの〈八世界〉やブルース・スターリングの〈生体工作者/機械主義者〉シリーズのようなテクノロジーが進み切った世界を舞台とした作品の正当後継者といった趣が、レナルズにはあります。本作でも進みすぎたテクノロジーゆえの転倒が、炸裂します。機械による補助記憶の味気なさと生体の記憶のファジーさゆえの豊かさを示してみせる本作は、人間の記憶のいい加減さによる罪と罰を描いたテッド・チャン「偽りのない事実、偽りのない記憶」の対極を示すものとも言えるかもしれません。短編集の最後を飾るにふさわしい美しい作品です。
NETFLIXの最強人事戦略 自由と責任の文化を築く
あくまでネットフリックスの行った人事戦略で、どこでも適用できるものではない点には注意が必要な本。ここであげられる文化を全ての企業に、というのも行き過ぎと思う。成長している企業で、かつ個人によって業績が変わりうる産業が対象と考えるべきだろう。
本書は広告文句が少し扇動的すぎる面があり、帯にある業界最高水準の給与を払ったり、適さない人には辞めてもらうという点がインパクトがありすぎる。実際に読んでみると、解雇の話も次へ推薦したり、給与も特に重要な事業に投資するといった話で、ぱっと見の過激さよりも現実的な内容ではある。とはいえ、従業員に強いコミットメントを求める苛烈な会社であることには違いはない。
以上から、あくまでネットフリックスの話として読むべき本ではあるが、チームを効率的にリードしていくというマネージャー視点でも得られる示唆は色々あった。
以下のような点が特に示唆に富むと感じた。
- チームが最高の結果を出すためには、全てのメンバーが最終目標を理解し、そちらに向かう必要がある
- 事業の仕組みを全ての従業員は理解する/しようとすることで、より良い組織になる
- 6ヶ月後のことを考えて、人材採用を行おう
- カルチャーフィットは双方向に働く。企業にフィットするかだけでなく、フィットしていくかという点も大事だ
これらを達成するためには、マネージャーは動く必要がある。最終目標をはっきりさせ、それに責任をもち、事業の仕組みを理解できるよう推進する。採用活動も行う必要がある。自分ができているかというとそうでもない点もあり、省みないといけない点は多い。
ところで、意外な内容も妥当な理由があり、ロジカルに書かれた本なのだが、一箇所不安なところもあったので、このような素晴らしい人々でもたまにはおかしなことを言うのだなと凡人なりの慰めとして引用して感想を締めたい。
過去に採用したデータサイエンス部のとくに優秀な人材の履歴書を分析し、共通する特性を割り出した。彼らは音楽をこよなく愛していた。(中略) 彼らは左脳と右脳を自由に行き来できるからデータ分析に長けているのだと、彼女は結論づけた。
p.167
戻り川心中
ネタバレありありなので、ネタバレ嫌な人は回避でお願いします
極めて評価の高いミステリ短編集。オールタイムベスト常連で、複数回の復刊は伊達ではない。
光文社文庫版で読んだが、千街晶之氏の解説はこの作品をかなり正確に捉えているように思われる。情念の作品に見えるが極めてロジカルであるが、そのロジカルさゆえに人間関係や意図の構図が明確になり情念も浮かび上がる。そして、それを流麗な文章が支えている。表題作を除いて、語り手が事件の関係者であるのも、作品に流れる情念の表現に一役買っているように思われる。どれも完成度が高く、素直にいいものを読んだと思わされた。
以下、各編の感想。
藤の香
代書という役割、遊女との関係、全てが必然の元に縒り合わされた見事な一編。語り手は事件の関係者ではありながら、最終的に蚊帳の外のような立ち位置に落ち込んでしまう。それゆえか、無情感を強く覚える一編。
桔梗の宿
この短編集のベスト。八百屋お七、人形と言ったモチーフが中途の誤った推理としても機能しつつ、加害者の異様な動機に結びつき、また読者に対して語り手が仕掛けていたサプライズも呈して終わる。素晴らしすぎて読み終わった時に思わずため息をついてしまった。刑事からの手紙による真相開示で終わるが、捜査をし、あくまで傍観者であると考えていた語り手が、事件の中心にいたことを突きつけ、そして語り手の内心は何一つ明かさないで終わる結末が何より圧巻。叙述トリックが見事に炸裂しており、ただのトリックではなく、作品の見方、感じ方をガラリと変えてしまう形で完璧に機能している。他は読まないでもとにかくこれだけは読んでくれと言える一作。
桐の棺
エモいとかいう言葉も無粋ではあるが、関係性のエモさだけなら短編集で随一。珍しくハッピーエンドなところも良い。男と女がとにかく色っぽく、この状況を成立させるための異様な状況もその関係性の強化に一役買っているところが良い。二番目に好き。
白蓮の寺
過去の惨劇に記憶を辿りながら迫るサスペンスが非常に素晴らしい一作。結末の異様さも胸に迫る好編だが、母の見たという入水自殺があまりに魅力的な謎すぎて、そっちが気になるのが玉に瑕。これも解釈可能なんだろうか。母が不義の子で、幼少の母の姿を見た女が何かに気づき、自殺したというような。
戻り川心中
これだけは語り手が事件と直接関係がないため、事件の輪郭と真相を追うという側面に強くクローズアップされている。その真相も極めてロマン主義的なもので、本短編集の表題作となり、ドラマ化などもしているというのが率直に言って意外に思われた。通俗的な魅力を備えているのは、本作よりもむしろ「藤の香」や「白蓮の寺」の方に思うが。語り手の視点がなく、かつ歌という形で印象的に描かれるため、一番映像的な作品ではあるので、そこが映像化対象として好まれたのかもしれない。短歌には詳しくないのではっきりした評価はできないが、大正期の天才歌人という設定でその歌を何首も直接描く剛腕には感心せざるを得ない。
いつの空にも星が出ていた
野球ファンというのは因果な趣味だ。NPBの「プロ野球というのは、一年の半分くらい、一週間に五、六日くらい、やってる」ので一年の大半は野球とともに過ごすことになる。ましてプロ野球は平均で3時間13分(2020年平均)やってるので、真面目に見ていると結構な時間を奪われることになる。自分も2013年から横浜DeNAベイスターズのファンになった。毎年の悲喜こもごもは楽しいが、冷静に考えるとあまりに多くの時間を野球に投じて、家族にも迷惑をかけているのではとさえ思う。だのに、俺たちは野球を見てしまう。一年の大半は野球を見ている野球ファンは、野球が脳に巣食っていて、ダメになっている。そんな野球が脳に回ってしまった野球ファンたちが本書の主役たちだ。そして、野球をずっと見続けていると、たまに報われるような美しい時間がある。それはCS出場が決まった時にハマスタで見知らぬ人たちとするハイタッチであったり、生まれたばかりの娘と午後の日差しの中で見るデイゲームだったり、初めてあった人と飲み会で昔馴染みのように贔屓のチームについて話す時だったりする。そんな市井の野球ファンたちのかけがえのない一瞬が、本書のどの短編にも納められている。
一編目「レフトスタンド」の舞台は、大洋ホエールズの時代。寡黙な部活の顧問に連れられて見た球場と顧問の姿。短めの短編だが、野球ファン以外から見た野球ファンの不思議な側面が描かれている好編。
二編目「パレード」は横浜ベイスターズファンにとって大事な大事な優勝前夜の九七年、優勝を決めた九八年の物語。高校生から社会に出ていく瞬間の少年少女の成長が瑞々しく煌めく。
ここまで二編はDeNAからのベイスターズファンからすると遠い昔の物語。個人的に思い入れてしまうのは、やはり次からの二編。
三編目「ストラックアウト」は2010年、TBSからの身売りに揺れる時代、そして横浜ベイスターズゼロ年代のブルペンを支えた男、木塚の引退の年だ。真面目に生きるベイスターズファンの電気屋の倅と流れで二股かけても困ったなくらいにしか思っていないチャラ男の同居から始まる物語。二人の仲が色々あって縮まっていく男の友情というかベイスターズファン同士の友情の物語だが、場面設定ややり取りがたまにBLっぽいのが印象的。
「ほんとは、さっき、様子見てきてくれって頼んだ時、行ってくれるなんて思わなかったんだ。あんたは、あんまり人がいいんで……」
「二回も頼んだじゃないか!」
俺はさすがにキレた。
「どこまでやってくれるんだろうと思って」
桂士は言った。
「俺、なんか、あんたのこと心配……」
p.196 から引用。
それはそれとして、弱かった時代の空気感をよく伝えている。吉村のホームランに言及した試合はあるのに、内川、村田にあまり言及がないのには味わいがある。
四編目「ダブルヘッダー」の舞台はついに横浜DeNAベイスターズになってからの、そしてDeNAにとってもっとも忘れがたい2016, 2017年シーズンが舞台。ベイスターズファンで少年野球でもピッチャーをしている少年が、家族に秘められた物語に直面する。泣けるほどいい子なんですよ、この子が。
ここには野球ファンの負の側面も込められていて、その気持ちは野球ファン以外にはわからないかもしれないが、野球ファンの身からするとリアリティがある。刃牙外伝に「斗羽と猪狩が試合をするのですそれは私にとって全てに優先されることです」という素晴らしい名言があるが、三浦大輔の引退前の試合にはそれだけの価値があるんですよ、わかりますか。かくいう自分も三浦の全盛期は見てないんですが、2013年からのファンでもキャリアの最後にチームを鼓舞し、その力でチームを救ってきた姿を見て、特別視しないわけにはいかないんですよ。三浦を知らない人は晩年のもっとも美しい対戦の動画をご覧ください。今巨人をボコっているSB柳田との最高の対戦が見られます。
17年シーズンはDeNAファンにとっては特別で、CS突破からの日本シリーズ進出という美しい夢を見させてくれた年。そこにかつて失われた絆が、野球でしかなし得ない形でよみがえる、本当に素晴らしいおとぎ話になっており、本書を締めくくるにふさわしい作品になっている。
横浜ベイスターズ、横浜DeNAベイスターズのファンはもちろん、野球に狂ったことのある人たちにはお勧めできる好作品。野球ファンの気持ちがわからない人も読んだらわかるかもしれません。何が書いてあるか意味がわからないかもしれませんが、まあそれは仕方ないですね。野球ファンは一年の半分は試合を見て狂っているし、残り半分は次のシーズンのことを考えて狂っている人たちなので。来年は満を持しての三浦監督。どんな野球になるのか、2021年シーズンが楽しみでなりません。
心理的安全性のつくりかた
誤解されがちな心理的安全性がどういったものであるか、丁寧に解体するところから始まり、その実践について触れていく本。
一章が心理的安全性が意味するところについて書かれていて特に為になる。心理的安全性は緩い職場を意味しないが、では具体的にはどういったものかというのが安全と基準を元にした四象限の分類で的確に示されている。
また、心理的安全性は、「タスクのコンフリクト」に効果があるという分析結果も納得がいくものだった。心理的に安全であれば、コンフリクトを恐れず仕事をでき、それはより良い仕事に繋がる。わかっていてもなかなか難しい内容ではあって、これは二章以降で示される実践方法によって変えていくしかないのだろう。
個人的には二章の自分のマインドセットを変える話がタイムリーでよかった。職務上のロールが変わったばかりで、自分で自分のミスを責めがちなのだけど、前向きなマインドになっていくことを示されるだけでも、少し気持ちが楽になった。弊社は心理的安全性が比較的高い会社だと思うのだけど、自責傾向の強い自分のような人間は、自分で自分の機嫌をとる必要はある。
五章の実例やアクティビティを見ていても、やっぱりまだまだ自分でも十分にできていないことがあり、特に弱さをさらけ出すことが十分ではないなと感じる。わかっていても難しいなあと思っているときに、わかっていることでも書いてある本を読むと背中を押されることはあるなあと思う。
知識の基盤とするのに良い技術書
目次
記事の主旨
Webエンジニアをやっていると、一つの言語でプログラムを書いていれば終わりではなくて、関連する諸分野に通じてくる必要が出てきます。それは業務都合だったり、自分の興味が広がったりだったり。あと転職とか部署変わったとか。一緒に開発するメンバー間でも知識がバラバラだったり。そうした時に、目線を揃えられる本や記事があるといいなと思うことがあります。
自分の備忘録的にそういった本を上げておこうと思います。あんまり何冊も読むのも大変なので分野ごとに一冊か二冊くらいの感じで。今後も良書を見つけた時に随時更新したいです。
コーディング全般
リーダブルコード ―より良いコードを書くためのシンプルで実践的なテクニック (Theory in practice)
- 作者:Dustin Boswell,Trevor Foucher
- 出版社/メーカー: オライリージャパン
- 発売日: 2012/06/23
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
ベタ中のベタですね。とりあえず読んどきましょう。
Webエンジニアリング
やっぱり基礎なので。バックエンドしかやらん人でもHTMLの基礎は知ってた方がいいですし、逆も然りですね。これ読めばいきなり設計できるかというとそんなことはない気はしますが、最低限ここの内容を抑えていると話が早いかと。
ただ、すでに10年前の本なんですよね。記述が古びているところもあるので、その点注意が必要です。
REST API
バックエンド側でAPIを作成する人にはオプションでこちらを。RESTfulなAPIをどう設計するかの指針になってくれます。HTTPに話が絞られているので、gRPCなどHTTPではないプロトコルも採用ケースが増えてきているので、別の指針も必要になりそうです。
機械学習を使ったサービス運用
実験的に何かをするのではなく、機械学習をベースにしたAPIなりなんなりのシステム運用をする場合ですね。Kaggleやろうとか、画像分類して遊ぼうではなく、業務で触る人向け。かつR&Dだけじゃなく、自分でいうとレコメンドのような作ってずっと運用していく立場の人向け。システム設計のパターンから評価の仕方、網羅的に書いてあって最初の一冊にも良いかと思います。機械学習のアルゴリズムや理論的なところは別の本に求めましょう。
Kubernetes
Kubernetesはトピックにしておいた方がいい程度には複雑なので、あげておきます。Dockerは前提。
英語が問題ない人は、公式ドキュメントでも十分です。自信がない人はこの本を横に置いておくと楽になるでしょう。Kubernetesって何なの、という点についてはあまり応えてくれないので、入門的な解説記事などを探していただくとスムーズかと思います。
運用監視
前に紹介記事書いたのでそっちをご覧ください。監視設計する上では読んだ方がいいです。
スクラム開発
スクラムは大前提としてアジャイルの一手法です。スクラム関連書籍も良いのですが、まずはアジャイルをしっかり抑えるのが開発を効率よく進めるには重要です。
合わせてアジャイルソフトウェア開発宣言も読むようにしましょう。
レトロスペクティブ
アジャイルレトロスペクティブズ 強いチームを育てる「ふりかえり」の手引き
- 作者:EstherDerby,DianaLarsen
- 出版社/メーカー: オーム社
- 発売日: 2017/07/15
- メディア: Kindle版
スプリントを正しく振り返ることは存外に難しいです。その意義をしっかり説明してくれ、何より豊富なアクティビティで現在の課題に立ち向かわせてくれる本です。レトロスペクティブ準備に混乱している駆け出しスクラムマスターにはおすすめ。
コーチング・チーミング
前半であるべきチームの形とそこへの向かい方を提示してくれます。チームの状況とそこでの振る舞い方、またメンバーも含めたマインドセットも提示されているので、リーダーに限らず、メンバーが読んでも自分の働き方を鑑みることができます。後半はリーダーたちのエッセイになっていて、自分なりの悩みを解消する助けになってくれます。