戻り川心中

ネタバレありありなので、ネタバレ嫌な人は回避でお願いします 

戻り川心中 (光文社文庫)

戻り川心中 (光文社文庫)

 

極めて評価の高いミステリ短編集。オールタイムベスト常連で、複数回の復刊は伊達ではない。

光文社文庫版で読んだが、千街晶之氏の解説はこの作品をかなり正確に捉えているように思われる。情念の作品に見えるが極めてロジカルであるが、そのロジカルさゆえに人間関係や意図の構図が明確になり情念も浮かび上がる。そして、それを流麗な文章が支えている。表題作を除いて、語り手が事件の関係者であるのも、作品に流れる情念の表現に一役買っているように思われる。どれも完成度が高く、素直にいいものを読んだと思わされた。

以下、各編の感想。

藤の香

代書という役割、遊女との関係、全てが必然の元に縒り合わされた見事な一編。語り手は事件の関係者ではありながら、最終的に蚊帳の外のような立ち位置に落ち込んでしまう。それゆえか、無情感を強く覚える一編。

桔梗の宿

この短編集のベスト。八百屋お七、人形と言ったモチーフが中途の誤った推理としても機能しつつ、加害者の異様な動機に結びつき、また読者に対して語り手が仕掛けていたサプライズも呈して終わる。素晴らしすぎて読み終わった時に思わずため息をついてしまった。刑事からの手紙による真相開示で終わるが、捜査をし、あくまで傍観者であると考えていた語り手が、事件の中心にいたことを突きつけ、そして語り手の内心は何一つ明かさないで終わる結末が何より圧巻。叙述トリックが見事に炸裂しており、ただのトリックではなく、作品の見方、感じ方をガラリと変えてしまう形で完璧に機能している。他は読まないでもとにかくこれだけは読んでくれと言える一作。

桐の棺

エモいとかいう言葉も無粋ではあるが、関係性のエモさだけなら短編集で随一。珍しくハッピーエンドなところも良い。男と女がとにかく色っぽく、この状況を成立させるための異様な状況もその関係性の強化に一役買っているところが良い。二番目に好き。

白蓮の寺

過去の惨劇に記憶を辿りながら迫るサスペンスが非常に素晴らしい一作。結末の異様さも胸に迫る好編だが、母の見たという入水自殺があまりに魅力的な謎すぎて、そっちが気になるのが玉に瑕。これも解釈可能なんだろうか。母が不義の子で、幼少の母の姿を見た女が何かに気づき、自殺したというような。

戻り川心中

これだけは語り手が事件と直接関係がないため、事件の輪郭と真相を追うという側面に強くクローズアップされている。その真相も極めてロマン主義的なもので、本短編集の表題作となり、ドラマ化などもしているというのが率直に言って意外に思われた。通俗的な魅力を備えているのは、本作よりもむしろ「藤の香」や「白蓮の寺」の方に思うが。語り手の視点がなく、かつ歌という形で印象的に描かれるため、一番映像的な作品ではあるので、そこが映像化対象として好まれたのかもしれない。短歌には詳しくないのではっきりした評価はできないが、大正期の天才歌人という設定でその歌を何首も直接描く剛腕には感心せざるを得ない。