人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル

 

SFというより、現代のAIとそれをとりまく技術を元にした軽快な犯罪小説。キャラ立ちや展開ともにエンタメとしての完成度がすごく高い。関係性萌え的なところがちょっと弱い気はしますが。

SF的な飛躍の薄さが優秀賞にとどまった理由と選評から読み取れるが、むしろそこがこの作品の美点で、誇大広告的に語られがちなAIが現実的に描かれている。著者が人工知能関連技術を学んでいるまたは仕事で触っているのではないかという感じのリアリティ。参考文献にもPRMLこと『パターン認識機械学習』が挙げられており、話にもそんなに関係ないので、このくらいは読んで書いてるぞ、という圧ではと感じた。それ以外の参考文献は、内容と関連する英語論文ですね。とにかく地に足がついており、基本的に出てくる問題は、現実的に人工知能でクリア可能な問題に落としこまれる。それは主人公がエンジニアであり、現実的な問題設定へと着地させているからなのだが、その辺のエンジニア解像度が非常に高い。

ある意味エンジニアのお仕事小説とも言えるくらいになっていて、こういう技術者いるなあという振る舞いが随所に出てくるし、細部の技術描写も冴えている。技術展示会での描写もとても良い。

「ビジネスよりの展示会で紹介される技術ってのは、お題目と現実がかけ離れているモノも多いだろ」

 僕は頷いた。それも深めに頷いた。

「若い技術者はその乖離が我慢ならないんだよ。会社の命令とは言え、テレビショッピング顔負けの浮ついた説明をするたび、自分の舌を引き抜きたくなってるんだ。

p.122

この辺もそうですが、エンジニアのプライドが話の核になっている。主人公はすでに挫折してドロップアウトした人間で、登場するライバルと比べ、自分が凡人であると感じている。描写読む限り、結構優秀なんですが自己評価が低い。もっとすごい人がいるのを知っている人あるあるですね。藤井太洋『ハロー・ワールド』も語り手の自己評価が異様に低かったけど、多分同じ。『ハロー・ワールド』よりこちらの方が感情移入できると思ったが、その違いとしては、ライバルとの対比を通して、エースになれなかった悔しさ、それでも諦めきれないプライドが通底しているからだろう。その気持ちにグッとくる。

ライバルは極めて優秀かつ嫌なやつで、「python書けりゃ先生扱いの世界だ」とか言ってくるのが印象的。やめたげてよお。それよりは全然優秀っぽいですけどね、主人公。典型的なブリリアントジャークって感じの嫌なやつではあるんですが、彼もまた挫折を抱えている。

彼らが青臭い理想をぶつける結末はとてもエモい。AIに関する理想の話で、賞の審査員からは物足りないと感じられたようだが、これだけディテールを積み上げたラストに、ぶつけられる主人公の理想はとても心地よい。個人的にはこういう話が読みたかった、という思いがあり、とてもうれしい。巷にはやれシンギュラリティだのとアホみたいな美辞麗句の並んだ、それこそ先に引用したお題目と現実がかけ離れたAIに関連する書籍やニュースが蔓延っている。個人的には、あの辺の誇大広告には心底苦々しく思っていたので、快哉を叫びたい気持ちだ。

ところで、この作品では主要登場人物の名前は全員数字で始まっている。1から9までで、2と7以外は登場する。七並べを好むキャラが出てくるので、7はすでに盤面にあると考えて良くて、六条が主人公である三ノ瀬を連れてきて始まるので、多分六。六条に連れられて出てくるのが、バディの五嶋。主人公の元同僚たちは六条たちヤクザやアウトローではない世界の人(のはず)なので、八雲、九頭(こいつがライバル)と続くのか。で、七並べを好む敵四郎丸。主役二人に挟まれた四が敵役だけども、これは四を出さないことで妨害しているってことか。一川がビジョナリの主人公の元上司で最初の敵役。一川の理想は現時点では叶わないことが示唆されているので、三ノ瀬から一川につなぐ2が不在。と解釈した。あってるかはわからない。続編が出せそうなエピローグだけど、システマティックなネーミングは続編出すのに困りそうだと思った。

総じて、かなり現実的な作風のAIモチーフの犯罪小説なので、SF的飛躍やAIに夢を見ている人にはあまりおすすめできない。地に足のついたAIの描写を読みたい人やスカッとしたエンタメを読みたい人、エンジニアあるあるを楽しみたい人にはおすすめできる作品だ。