2010年代海外SF傑作選

 

「多様化しつづける世界を映し出した」と帯にあるように、2000年代よりも作風が幅広く感じられる2010年代。日本にも単著の邦訳がある中国作家二人が掲載されていることで、中国SFの躍進も感じられます。ネットは80, 90年代のオカルト、00年代の希望に満ちたフロンティアを経て、すっかりただの背景に引っ込みました。テクノロジーは現実を地道に変えるものとして描写されるようになりました。どこか地に足のついた作品が多いのが、この時代の特徴なのかもしれません。この時期に活躍していた作家は網羅されている感じがしますが、強いていうならバチガルピが漏れてるのが少し寂しいですね。尺とか色々あるのだとは思いますが。

火炎病

初訳。ARやVRの隆盛も2010年代の特徴ですが、ARを取り扱ったのが本作。炎が視界を埋め尽くしてしまう病気をARで再現しようとするが、というところから始まって、非常にSFらしいSFとしての展開を示します。地に足のついたところからの飛躍ぶりが、ザ・SFという感じでこういった作風が好きなので、ピーター・トライアスの書き振りが好ましく感じました。『ユナイテッド・ステイツ・ジャパン』しか読んでなかったんですが、他も読んでみて良いかも。

乾坤と亜力

初訳。郝景芳は単著も複数翻訳され、劉慈欣以上に現代中国SFを代表する作家となっている感がありますね。本作は、超越存在と無垢な存在の交流が何かを決定的に変える話。SFでこのタイプの話だと、超越存在はかつてロボットでありコンピュータでしたが、現代で描くとIoT機器と結びついたAIになるわけですね。三歳の子供の描写が絶妙で、二歳児を持つ身だとしみじみします。先回りしてほしいんじゃなくて、その過程をやりたいんだよね。結末も無垢な存在が欲得のないものを選択する、という流れなわけですが、そこも子持ちの身だと泣けるオチになっていて素直にしみじみとしました。

ロボットとカラスがイースセントルイスを救った話

初訳。『タイムラインの殺人者』が翻訳されたばかりのニューイッツの短編。ドローンロボットのキュートな活躍を描く。背景には切り捨てられた人々や政府システムの混乱がおかれながら、ポジティブな物語になっているところがむしろ現代的でしょうか。ロボットがカラスや人間たちと交流を育んでいく流れが、可愛く、面白いです。

内臓感覚

初訳。この10年で日本でも十分紹介され、活躍したと言える作家の一人としてワッツはあげられるでしょう。悲観的で辛辣で徹底した書き振りが、熱心なファンを産み、今年は複数の同人翻訳があげられるほどでした。本作はありがたいことにそれらとバッティングしない作品の紹介でした。ワッツの底意地の悪さがよく出た短編で、Googleを徹底して悪者にしているところも愉快です。「Don't be evil.」を外したことも当然いじられますね。二転三転するプロットで浮かび上がるのは、SF的アイデアよりも作中のGoogleがかなり深い意味で邪悪なことというのが、まあ性格悪いです。個人的には本短編集のベスト。

プログラム可能物質の時代における飢餓の未来

初訳。3Dプリンタ的なもののハックにより、怪獣が生成され、世界にカタストロフが。という背景を置いて、ゲイの男がパートナーと間男との関係に置かれた自らのままならない精神に苦悩する。ジャンルSFでは通常なら、視点人物の物語が何かしらカタストロフに関係がある、またはそのカタストロフと関連する物語を繰り広げますが、本作ではカタストロフは全て背景。比喩的な意味で、彼の破壊衝動とリンクされたものとして描かれます。文学におけるメタファーとして徹底して扱われています。SF要素のある文学としては珍しくない書き方ですが、ジャンルSFとして評されるところから出てきた作品としてはちょっと珍しいので面食らいました。世界は複数の怪獣に破壊されたようですが、当然ゴジラも大活躍したようです。

OPEN

S-Fマガジン2016年10月号「ケリー・リンク以降」特集初出。この号は未読なので、特集については不明。リンク以降は気になるテーマなので、見落としてましたね。『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』のチャールズ・ユウ。長編同様に円城塔の翻訳です。メタフィクショナルな雰囲気で、小さな関係性の物語をするという点で長編と近い雰囲気の短編。自分らしくない自分と自分のどちらを選択するのか、という誰の身にも感じられるテーマが、飄々と描かれていてなかなか良いです。

良い狩りを

S-Fマガジン2015年4月号初出、その後『紙の動物園』収録、文庫で『もののあはれ』収録。10年代のSFのキーマン、ケン・リュウ。本人の短編の評価の高さはもちろんですが、『三体』をはじめとする中国SFを海外へと紹介する点で大きな役割を果たしました。個人的にはリュウの短編は、よくできているのですが、はみ出たところをあまり感じないので、そこまで好みではないのですが、本作がよくできていることは疑いないところです。

伝統的かつスピリチュアルなものが、現代文明に駆逐されていく、という典型的な背景とスチームパンクをうまく重ねて、古い社会に根を持つ二人が新しい社会へと飛躍していくというプロットを美しく見せています。

果てしない別れ

『中国SF作品集』に初訳。今回は新訳だそうです。遺伝的に若年性アルツハイマーを発生する可能性の高い夫婦の夫が脳梗塞に倒れ、植物状態手前の身で出来ることとして、知性を持つとされるゴカイのような生物と精神同期を取ろうとするが、と文字にしてるとなんだそれは感のある作品。実際、読んでみるとなんとなくいい感じの雰囲気なんですが、ゴカイのような生物に知性があるらしいというところから始まるものの描写的にはっきり知性があると感じられるところもないし、その生物と精神を同期した結果得られる宗教的合一体験が、結末に繋がっているかというと繋がっていないので、なんかよくわからん作品。今回の収録作の中で一番の怪作。

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初訳。00年代後半から10年代前半にかけて、印象的な作品を残したミエヴィルの短めの作品。架空の生物についての解説だが、どこか不気味さ(ウィアード)があるのがミエヴィルらしさか。「基礎」や「鏡」なんかに感じられる熱さが好みなので、その点は少し残念。

ジャガンナートーー世界の主

S-Fマガジン2013年11月号「海外SF短編セレクション」特集号初出。この号は、広告によって美しく取り繕われた管理社会の少年少女を描くヴァレンテ「ホワイトフェード」、真空中でも活動できる能力に目覚めた少年の活躍とその能力の秘密を描くバクスター「真空キッド」など良作が掲載されているので、本作が再録されてもチェックする価値のある号。

異星の生物の特殊な生態とジュヴナイル的な魅力が一緒になった一作。現代舞台の作品が中心となっている中で、ちょっと幅が出る収録作。

ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル

S-Fマガジン2011年1月号初出。その後テッド・チャン第二短編集『息吹』収録。個人的にはこれ以後のテッド・チャンの作品は、社会の視点が強すぎて、そこまで好きになれないです。現実に技術が挿入されたことで生まれる状況を、やや露悪的なくらいに描いている書き方は、すごいのですが、好みから外れます。本作もそうなので再読なしで。