時間の王

 

結構前に読み終えてたんですが、やっと書くことがまとまってきたので感想書きます。

中国の作家宝樹の短編集。書籍として作品が邦訳されるのは今回が初です。いくつか短編がアンソロジーSFマガジンに掲載されていましたが、今回はほぼ初訳の作品ばかりになっています。

宝樹というと三体の二次創作が商業的に出版されたことで有名ですが(今年邦訳が出るはず)、国内に類例があったっけと思ったら『ビアンカ・オーバーステップ』の例がありましたね。他にもあるかも。『ビアンカ・オーバースタディ』のアニメ化の話はどうなったんだろ。

本書収録の短編はほぼすべて時間ものです。既訳がある未収録の三編もうち二編が時間ものなので、時間に対するこだわりが強い作家と言えそうです。解説でも立原透耶氏が『中国の梶尾真治』と思っていることに触れられていますが、時間ものかつロマンスが多いこと、ユーモアもあること、小松左京と比較したくなる劉慈欣に対する後続世代かつエンタメにこだわった作風という点でも共通点が多いです。

時間ロマンスが多いのですが、その構図は類似したパターンが多く、さえない僕とイケてる高嶺の花の彼女という構図が頻出します。少し前のオタク向け作品か?みたいな気持ちになりますが、単にそのまま上手くいく話にはならず、少しひねっていたり、ただ上手くいく話にならないので、作者も自覚があるような気がします。それでも、合わない人にはきついかなあという感じはします。

とは言え、時間ものとしては一級品です。順に見ていきましょう。

穴居するものたち

本書のベストは巻頭のこれか次の「三国献麺記」とする人が多いのではないでしょうか。物語らしい物語はないものの、「穴居」に暮らし、技術を得て、一つ一つ先へと手を伸ばす人類の猿人であった過去から現代文明も破滅した未来まで描く一大絵巻。描かれる未来図、劉慈欣にも似た人類愛、そのエモーショナルさと著者の美点が詰まった作品。

三国献麺記

過去へのタイムワープができるようになった未来で、飲食店の創業譚のつじつま合わせのためだけに、三国志の時代へと飛び、料理を食わせようとする話。三国志の時代の人々は現代より遥かに粗暴なので、大変なことになるというコメディ。主役の男女のやりとりが微笑ましいです。

成都往事

仙女に出会い永遠の生を得た王が、長い時を超えて彼女を追い求める。時代の変遷を活写する筆の達者さは「穴居するものたち」と同様。時を超えた愛の執着というロマンスの常道ですね。型月作品とかでもよく見るやつ。オチはまあ途中で見えると思いますが、とにかくよく書けてるので、このモチーフが好きな人なら満足できる作品。

最初のタイムトラベラー

小品。よくあるショートショートといった感じ。そういう作品も時間ものなので、作者の時間もの好きは相当なもの。

九百九十九本のばら

若干ネタバレではあるんですが、この作品は唯一の厳密に言えばSFではないかもしれない作品。小川哲「魔術師」みたいなもんです。金がなくて情けない「ぼく」たちの青春もの。本当に情けないけど愛らしいやつらの話で、本書で一番好きなんですが、これが一番好きというとお前…って言われそうなやつ。中国でも変わらず男子大学生ってアホなんですね。

時間の王

表題作なんだけど、ショートショートを除くとこれが一番微妙と感じた。時間によるロマンスと苦しみ。エモーショナルだけど、あまり趣味に合わない。バッドエンドだからかもしれない。

暗黒へ

人類の残された一人が、人類の存続を目指して宇宙の果てへ。先日感想を書いた『時の子供たち』の冒頭とかなりシチュエーションが似てる。最後の一人とAIの組み合わせになる点やそのための決死作戦になるといったところとか。作劇的にそうなるということかもしれない。短編の尺なので、まとまっているけど、話の広がりは当然『時の子供たち』が上なので、印象で劣るか。そこは仕方ないですね。唯一の直球の時間ものではない作品。時間の流れというテーマは含まれているので、広義の時間ものとは言えるかも。

ということで巻末の「暗黒へ」を除いて時間ものという、どんだけ時間もの好きなんだよ、という短編集ですが、全体的に水準以下の作品はなく、楽しく読める短編集ではないかと。劉慈欣と作品の目指す方向性は似ているので、『三体』の次を探している人は手を出してみるのも良いのではないでしょうか。