日本ハードボイルド全集6 酔いどれ探偵/二日酔い広場

 

 

日本ハードボイルド全集6だが、シリーズ第二回配本。第三回配本の大藪も既に読んでいたのだが、こっちを読むのが後になってしまった。この本は私立探偵ものの連作短編『酔いどれ探偵』と『二日酔い広場』の事実上合本版。『酔いどれ探偵』は、エド・マクベイン(エヴァン・ハンター)のカート・キャノンものの贋作として描かれた作品。『二日酔い広場』は東京を舞台にした日本人の私立探偵。同著者によるアメリカと日本の私立探偵ものというわけだ。カート・キャノンものを読んだことがないのに贋作を読むのもなと思って手が止まっていて、たまたま『酔いどれ探偵街を行く』を古書店で見つけたので、そっちも読んでからと思ってたらズルズル読むのが後になってしまった。

『酔いどれ探偵街を行く』は正調ハードボイルドものだ。ルンペン探偵であり、過去に悩まされていることが特徴だが、掲載された雑誌のカラーもあってか、人間関係の皮肉なオチがつくハードボイルドらしいプロットに、タフな探偵による暴力と扇情的なラブシーンが入る。ゲストヒロインの登場がノルマになっていて、作品の流れから少し外れた相手と関係を持ったりしていて、ひねりが少し面白い。レイプ同然に関係を持つこともあるので、現代で読むには少し厳しさを感じる面もある。理想的にタフな男が、事件を解決し、女も得るという、ファンタジーとしてのハードボイルドではあるから、そこを気にするかは好みや意識にもよるが。そうしたマッチョイズムが鼻につく反面、それゆえのセンチメンタリズムが作品を彩っている。特にクリスマスストーリーであり、キャノンがちょっとしたプレゼントをもたらしてみせる「おれもサンタクロースだぜ」が素晴らしい。

キャノンの贋作である主人公が名前をもじったクォート・ギャロンである『酔いどれ探偵』はどうかというと、過去に悩まされるルンペン探偵というベースは同じながら、作家性の違いからか上品な話に仕上がっている。時系列的には、『酔いどれ探偵街を行く』収録作の後に連載されたので、それより後が意識されていて、『酔いどれ探偵街を行く』に登場したキャラも再登場する。その中で、同様の連作短編として、ギャロンが巻き込まれる事件とタフな活躍が描かれるが、事件も少しミステリらしい趣向(密室やアリバイ)がほのめかされたりして、テイストからして違う。お約束の暴力と性的な描写も控えめで、特に性的な描写については、ゲストヒロインは出てきて、色っぽい外見描写まではあるものの、関係を持つことはない。ギャロンはキャノンと違い、紳士で女に手を出さない。手を出しているかのように見せて実はしてなかった、という描写まであるので、意図的なものだろう。作家性の違いなのか、著者の好みかわからないが、当時贋作として原作の続きで連載された(雑誌掲載時はクォート・ギャロンではなく、原作になぞってカート・キャノン表記だった)読者はどう思ったのだろうか。ちょっと違うと感じたのでは、と思うのだが。カート・キャノンのセンチメンタリズムは、マッチョイズムの裏返しであり、マッチョイズムが薄れた『酔いどれ探偵』ではその点でも少し薄い。何が特徴付けているかといえば、ユーモアセンスだろう。『酔いどれ探偵』ではユーモラスなやりとりが増えていて、「気のきかないキューピッド」でのパーティでのトンチンカンなやりとりなどとても愉快だ。集中ベストは掉尾を飾る「ニューヨークの日本人」。ギャロンを筆頭にしたルンペンたちが、ニューヨークで陰謀にはめられた日本人を助けるユーモア溢れる作品になっている。

『二日酔い広場』は一転して、東京を舞台にした私立探偵もの。元刑事の久米五郎が毎度少しひねくれた人間関係をベースにした事件を追う。とはいえ、多くの話が背後に男女関係のもつれを持っていて、毎回殺人中心に話が動くので、少しパターン化が過ぎて、食傷する部分もある。カート・キャノンはファンタジーとしてのハードボイルドと書いたが、こちらはリアルよりのハードボイルドだろう。久米五郎は自分の足で地道に事件を追い、超人的な活躍もない。毎回ゲストヒロインが抱かれに出てくるというようなこともない。女関係はなく、準レギュラーとして甥の弁護士事務所の事務をやっている若い女性が登場するが、彼女が活躍する回でさえロマンスはない。どちらかというと亡くなった娘を重ねて見ていると描写される。東京を舞台に具体的な地名をあげながら、久米五郎は事件を追う。作品が描かれた1970年代末の東京が、作品のもう一つの主役になっている。全体的に小粒でちょっと地味なのだが、読みやすくそこそこ楽しめる。名人芸と言えるかもしれない。集中ベストは、お互いを思い合う気持ちがやりきれなさと暖かさを同時に残す「落葉の杯」。

日本ハードボイルド全集のこれまで読んだ生島、大藪はノワールの流れも組んだハードボイルドだったが、本書で描かれるハードボイルドは、街を描き、人を描くというところにより主眼のある作品だった。叢書の中でも作風は異なり、日本ハードボイルドの深さを感じさせる意図として成功しているように思う。

BABELZINE Vol.2

t.co

翻訳小説同人誌BABELZINEのvol.2です。翻訳同人誌はちゃんと権利を取らないでやってる場合もままあるんですが、これはちゃんと許可ももらった上でやっているそうで、その上で翻訳もやっている熱意には頭が下がります。

主にSF短編が掲載されています。vol.1も良かったんですが、今回も良かったです。それぞれ見ていきましょう。

シュタインゲシェプフ G・V・アンダーセン

シュタインゲシェプフという人々の活力と専門的な技術により創られるゴーレムのいる世界での、一次大戦二次大戦の戦間期での物語。シュタインゲシェプフの創造・修復を手がける創造主のハーツェルは、修復依頼に訪れた家で余命いくばくもない女性と彼女の家族であった過去の大作家が作ったシュタインゲシェプフと出会う。ゴーレムものの短編として、何か特筆する部分はないですが、人間の心情に寄り添う端正さが沁みる一編。

ラブ・エンジン・オプティマイゼーション マシュー・クレッセル

ハッキングにより収集した情報により、相手のことを誰よりも理解したふりをして、恋愛関係を持とうとするサイコな語り手の話。SFっぽく見えるものの、出てくるのはほぼ現代の話。テクノスリラーといったほうが自分では正確に感じます。相手が自分の理想と違うことに勝手にガッカリしたり、その上で自分色に染め上げればいいと考えている語り手のサイコさが笑えるような怖いような。

アウター ホリス・ジョエル・ヘンリー

科学的な何かの事故で変質してしまった人々セプテンバーとその後続世代。その末裔であるトゥーゼンは優しい少年だったが、なぜか異能を発現してしまったことで強まったセプテンバーへの迫害に見舞われ…。古くは放射線などの事故をベースに描かれてきたその被害者への迫害の物語。なんだけど、この設定で異能を持つのは、現代では素朴すぎんかと思わなくもない。とはいえ、激した気持ちを裏に秘めながら進む筆致は読ませるもので、暗い結末も雰囲気がある。

輝きのみが残されて フラン・ワイルド

徐々に人々が植物へと変貌していく世界で、研究者アーミナエはその抑止を目指すが…。人々が様々な植物へ変わっていく様を、いろんな面から描いていき(なんか大学生が多い)、静かに世界が終わっていく様が味わい深い。描写も幻想的。

メンデルスゾーン セス・フリード

少年と動物につけられた名前がタイトルになっているとサキ「スレドニ・ヴァシュタール」を思い出すが、あの残酷話とは違うテイストの懐旧と多分成長の話。標準よりも大きいアライグマが町の通りを、人々を嘲笑うようにめちゃくちゃにしはじめる。天才発明家で、かつての特許料のおかげでほぼ隠遁状態の父は、そのアライグマを「メンデルスゾーン」と名付け、生き生きとその戦いに取り組みはじめる。語り手の少年から見た父の姿とその戦いを通して少し大人になってしまった姉、その関係の描き方が抜群に良い。父はユダヤ系と思われていて、周辺住民とも感情的に軋轢がある。この不穏さが流れる中、父はメンデルスゾーンを無事捕獲することができるのか。この収録作の中でもかなり好き。本書収録作家は未訳作家が多い中、単著が翻訳されている多分唯一の作家でもある。そっちは未読。

いつまでも夫に愛されるための五八のルール ラフィアット・アリユ

夫が浮気していると思った妻は、呪術の力を使う母の友達のおばさんを頼るが…。ちょっとした疑心から軽はずみに夫の心を手に入れようとしたことで手痛いしっぺ返しを食らうが、妻の想像を超える強さ、あるいは狂気にたどり着く結末が印象的。いいんかそれで…。

バーニング・ヒーロー A・T・グリーンブラット

能力者ものその二。こちらは原因とかなく、不意に目覚める能力。サムは自分の頭が突然燃え出す異能を得てしまい、今までの生活を失ってしまう。能力者の集まりに加入してヒーローになろうとするが、与えられたのは前職の経験を生かした経理の仕事だった。異能者への迫害、孤独といった手垢のついたテーマで新鮮味はないが、孤独や自分の身の置き所のない青年が居場所を見つける物語として味わい深い。”サムが燃えるところを見てみよう。”と始まる、読者にサムを客観的に眺めることを促す文章もその良さに一役買っている。

新鮮な空気 レティー・プレル

仮想現実に完全に没入して過ごすことができるようになった世界。シングルマザーのレイクは努力して稼いだお金で、仮想現実への移住に成功した。一度仮想現実に入ったらもう現実に戻らないのが普通な中、息子のジャレッドは頻繁に現実に戻っているようで…。母の息子への想いがから回る様が胸に迫る。子のことを大事に思っているが、煩わしくも感じる描写がリアルで苦しくなった。仮想現実への没入方法が黒いフードに包まれるというもので、マトリックスをマイルドにしたような世界観ですが、設備がちょっと古そうだったり、現実的な不安感があるのが良いです。

終止符 ジェラール・クラン

宇宙の終焉を描く形而上学SF。レ・コスミコミケのような話をもっと現実的なディテールで描いたといったらわかりやすいでしょうか。叙情的な書きぶりが酔わせてくれてなかなか。

イムノ・シェアリング時代の愛 アンディ・ドゥダック

致死性の感染症が蔓延した世界で、人々は自分の免疫を伝播させることで生きながらえていた。国同士の交遊は絶えていたが、自分たちの関係性と住処に耐えられなくなった四人は外へと乗り出す。免疫を与え合うために交接する人々の中で、愛とは何かを混乱した世界の中で見出して行く人々の物語。驚くことに発表は2019年。世界観に独自のものがありそれだけでも面白く、その上、四人の違いに向ける感情の機微が徐々に見えてくることで結末には哀愁が漂う。本書の中でも最も読んでほしい一作。

レム外典 ヤツェク・ドゥカイ

『完全な真空』の解説として書き下ろされたという出典からして笑顔になるポストヒューマン時代の創作と文学研究をモチーフにしつつ、レムを評してみせる作品。特にレムの見ている世界を分析してみせるくだりは白眉。p228がそれだが、ちょっと長いのでぜひ読んでもらいたい。レムファンの方がニヤリとできるのではないだろうか。

単数Theyの発明と翻訳の可能性 白川眞

巻末のこれは評論。単数Theyのことはすでに知っている人も多いと思う。知らない人はググってください。それかこの評論を読みましょう。単数Theyを取り巻くものが整理されています。新しい訳語を提案するべき、と著者は言うが、冗談めかした提案に終わっているのだけが残念。私も訳語は新たに作られるべきと思うが、普及するほどの決定打がまだないだけに、見てみたかった。翻訳家の方々も苦戦しているところで、難しい注文だと言うのは承知ですが…。

 

同人誌なこともあってか、翻訳11編も載ってて、1500円(+税)なんですよね。出版社から単行本で出たら、もう1.5倍か2倍してもおかしくない。安い。まだ在庫あるようなのでぜひ。

熊とワルツを

 

小説以外の感想を書くのは、約一年ぶり。久しぶりにアウトプットできる状態になってきたので、Qiitaの方に、スクラムマスター関連の話も書くつもりで準備してますが、まずはこっち。

プロジェクト管理の中の、リスクとどう向き合っていくかについてみっちり書かれたもはや古典。一冊丸っとリスク管理とは何かから、お前らちゃんとリスク管理をやれと繰り返されるので、ちょっとくどいくらいではありますが、それほどリスク管理が適切にできているプロジェクトは多くなく、かつ重要であると言えるでしょう。実際、本書に描かれているレベルで、きちんとリスク管理ができているプロジェクトに参加できたことは、自分は少ないです。悲しいことです。

リスク管理の重要性については、本書の第一部、第二部を読むことでわかるかと思います。読まなくても、実体験として知っている人も多そうです。そういう意味では本書で重要なのは第三部「リスク管理の方法」です。著者のツールの説明や、16章以降のインクリメンタルな開発の提案はアジャイル開発で馴染みがある人は不要かもしれませんが、それ以前のリスクを含めたスケジュール管理をいかに実施するかという点は、今読んでも色褪せません。褪せててほしいというのが本音ですが、残念ながらためになります。ITプロジェクトのプロジェクトは間に合うか、間に合わないかの二択(早く終わることはない)という著者一流のジョークには悲しい笑いが漏れてきます。

一読だけでも内容は頭に入りますが、リスク管理手順の具体的なものが22章にあるので、実践もしやすいです。今後、再読するときもここを手掛かりにして、使っていけそうです。

本書はとてもいい本です。こうやってリスク管理をしよう、それに基づくスケジュールを立て、プロジェクトを進めていこう、という気持ちになります。そして、気づきます。自分の立場で、プロジェクトのスケジュールに意見できるだろうか? 自分の立場がどこであれ、決定権がなければ上司にエスカレーションすることになるでしょう。上司は話を聞いてくれるでしょうか。そんなリスクに対する構え方は過剰だ、と言われるかもしれません。そんな時に、これを読んでください、と渡せるのが本書だと言えます。これを読んで、まだリスクに正しく向き合わない人は多くないでしょうし(とはいえ環境が許さないこともままあるでしょうが…)、向き合わない相手やプロジェクトならば…。あまり考えたくないですが、そういうこともあるかもしれません。ところで、本書の21章でデスマーチは多くの場合、価値のないプロジェクトを、献身によって価値をダンピングしているプロジェクトだ、と看破しています。なかなか至言だと思いますが、いかがでしょうか。

時間の王

 

結構前に読み終えてたんですが、やっと書くことがまとまってきたので感想書きます。

中国の作家宝樹の短編集。書籍として作品が邦訳されるのは今回が初です。いくつか短編がアンソロジーSFマガジンに掲載されていましたが、今回はほぼ初訳の作品ばかりになっています。

宝樹というと三体の二次創作が商業的に出版されたことで有名ですが(今年邦訳が出るはず)、国内に類例があったっけと思ったら『ビアンカ・オーバーステップ』の例がありましたね。他にもあるかも。『ビアンカ・オーバースタディ』のアニメ化の話はどうなったんだろ。

本書収録の短編はほぼすべて時間ものです。既訳がある未収録の三編もうち二編が時間ものなので、時間に対するこだわりが強い作家と言えそうです。解説でも立原透耶氏が『中国の梶尾真治』と思っていることに触れられていますが、時間ものかつロマンスが多いこと、ユーモアもあること、小松左京と比較したくなる劉慈欣に対する後続世代かつエンタメにこだわった作風という点でも共通点が多いです。

時間ロマンスが多いのですが、その構図は類似したパターンが多く、さえない僕とイケてる高嶺の花の彼女という構図が頻出します。少し前のオタク向け作品か?みたいな気持ちになりますが、単にそのまま上手くいく話にはならず、少しひねっていたり、ただ上手くいく話にならないので、作者も自覚があるような気がします。それでも、合わない人にはきついかなあという感じはします。

とは言え、時間ものとしては一級品です。順に見ていきましょう。

穴居するものたち

本書のベストは巻頭のこれか次の「三国献麺記」とする人が多いのではないでしょうか。物語らしい物語はないものの、「穴居」に暮らし、技術を得て、一つ一つ先へと手を伸ばす人類の猿人であった過去から現代文明も破滅した未来まで描く一大絵巻。描かれる未来図、劉慈欣にも似た人類愛、そのエモーショナルさと著者の美点が詰まった作品。

三国献麺記

過去へのタイムワープができるようになった未来で、飲食店の創業譚のつじつま合わせのためだけに、三国志の時代へと飛び、料理を食わせようとする話。三国志の時代の人々は現代より遥かに粗暴なので、大変なことになるというコメディ。主役の男女のやりとりが微笑ましいです。

成都往事

仙女に出会い永遠の生を得た王が、長い時を超えて彼女を追い求める。時代の変遷を活写する筆の達者さは「穴居するものたち」と同様。時を超えた愛の執着というロマンスの常道ですね。型月作品とかでもよく見るやつ。オチはまあ途中で見えると思いますが、とにかくよく書けてるので、このモチーフが好きな人なら満足できる作品。

最初のタイムトラベラー

小品。よくあるショートショートといった感じ。そういう作品も時間ものなので、作者の時間もの好きは相当なもの。

九百九十九本のばら

若干ネタバレではあるんですが、この作品は唯一の厳密に言えばSFではないかもしれない作品。小川哲「魔術師」みたいなもんです。金がなくて情けない「ぼく」たちの青春もの。本当に情けないけど愛らしいやつらの話で、本書で一番好きなんですが、これが一番好きというとお前…って言われそうなやつ。中国でも変わらず男子大学生ってアホなんですね。

時間の王

表題作なんだけど、ショートショートを除くとこれが一番微妙と感じた。時間によるロマンスと苦しみ。エモーショナルだけど、あまり趣味に合わない。バッドエンドだからかもしれない。

暗黒へ

人類の残された一人が、人類の存続を目指して宇宙の果てへ。先日感想を書いた『時の子供たち』の冒頭とかなりシチュエーションが似てる。最後の一人とAIの組み合わせになる点やそのための決死作戦になるといったところとか。作劇的にそうなるということかもしれない。短編の尺なので、まとまっているけど、話の広がりは当然『時の子供たち』が上なので、印象で劣るか。そこは仕方ないですね。唯一の直球の時間ものではない作品。時間の流れというテーマは含まれているので、広義の時間ものとは言えるかも。

ということで巻末の「暗黒へ」を除いて時間ものという、どんだけ時間もの好きなんだよ、という短編集ですが、全体的に水準以下の作品はなく、楽しく読める短編集ではないかと。劉慈欣と作品の目指す方向性は似ているので、『三体』の次を探している人は手を出してみるのも良いのではないでしょうか。

時の子供たち

 

かなり久しぶりになってしまった。なんのことはなく仕事が忙しかったりしただけです。

宇宙開拓を進めた人類でしたが内乱で瓦解。残されたのは環境が崩壊した地球と星間移民を目指した探査船のみ。その船の一つでは乗組員は残らず、船長だけが生き延び、テラフォーミングを仕掛けましたが、猿たちを成長させるつもりが、実際にナノマシンによって知性を得たのは蜘蛛たちでした。蜘蛛たちは、徐々に知性をつけていき、彼らにメッセージを送る衛星を〈使徒〉と崇める文明を作るに至る。というのが一つ目の筋。

もう一つの筋は、残された環境崩壊した地球で生き延びた人々は、残されたテクノロジーを使って、星間移民を目指します。その過程で、蜘蛛たちの星に近づくが、そこではテラフォーミングを仕掛けた船長が狂気に陥っており、彼ら人類の祖先を受け入れてはくれなかった。その駆け引きとその後を描く。

この二本の筋が細かい章立てで交互に語られ、「戦争」や「啓発」と題された全八部で構成されます。各部では、蜘蛛たちと人類たちがそれぞれに題された「戦争」などのシチュエーションに置かれます。なので、読み味としては長編でありながら、短編連作といった味わいもあり、特に蜘蛛たちは代替わりしていくので、各部ごとに異なる話になっていて、そこが面白味になっています。ざっと挙げるだけでも、ファーストコンタクト、疫病との戦い、宇宙開拓とSFのジャンルを総ざらいするような感じで、ハイペリオンのことが思い出されます(テイストはかなり違うんですが)。

SFを読み慣れた人にとっても、人類パートのコールドスリープから度々起こされて、時間感覚が混乱していく、実際に親しい人々と過ごす時間がずれていく部分など、濃厚な時間ものとしての面白味がありますし、蜘蛛たちの蟻を使った生体コンピュータなどを作り上げていく文明など見所も多いです。

この作品のちょっと面白い、あるいは奇妙なところとしては、蜘蛛たちの文明を人類と裏返した強烈な女性中心主義社会として描いている点。雌が交尾後に雄を食べる種として自然な流れとして、女性中心主義的になるところから、人類の男性中心主義からの変化をなぞるような形で、作品中では男性解放論者の雄が登場することで社会の変革を目指すパートもあります。蜘蛛社会として、人類とはまるきり異なる社会を描いてほしい向きには、ちょっと不満かもしれませんが、その辺は蜘蛛たちの科学技術やコミュニケーション手段といった部分はみっちり書かれているので、そちらで満足できるかと思います。あとあまりに異質な社会を、しかも全体の約半分を占めるパートで書かれると読む側はかなり大変なので(好きな人もいると思いますが)。このパートで面白かったのは、蜘蛛社会の中では聡明な権力者である雌が、能力を示された上でも雄の価値を、本能とこれまで築き上げた伝統ゆえに認められない、という部分で、旧来の伝統を壊す難しさと葛藤がきちんと描かれている点で、表層的な話になっていない点は良かったと思います。

物語は、蜘蛛たちの文明の成長と人類たちの苦闘が並列され、もちろん最後に交わります。結末もあれやこれやが想起されながら、独自のビジョンを見せるもので、上下巻の長さを読んできた甲斐がちゃんと感じられます。かなりおすすめ。

死者だけが血を流す/淋しがりやのキング 日本ハードボイルド全集1

 

1965年刊行の長編「死者だけが血を流す」と著者の同時期の短編六篇をまとめた作品集。日本ハードボイルド全集として刊行される七冊の一冊目。

ハードボイルドというジャンルは好きなのだけど、たまにしか読んでいないので、特に国内ともなると高城高の短編を一部読んでいるくらい。どんなもんだろというところでしたが、とても楽しく読めました。叢書の続きも購入しようと思いました。

死者だけが血を流す 

北陸の国政選挙を舞台として、政治家とヤクザの思惑が絡んだ事件の真相を求めて、元ヤクザの政治家秘書が走る。半世紀以上前の作品だが、政治の腐敗ぶりは現代を思わせるところがあり、進歩がねえなあと悲しい気持ちになる。それだけエッセンスがよくかけているということでもあり、それほど派手な事件が立て続けに起きるわけではないのだが、哀感の溢れた筆致がとても読ませる。人死にや事件ではなく、スタイルこそがハードボイルドを規定するのではと思わされる。男女関係に少し古さはあるが、現代でも読むに耐える傑作。

チャイナタウン・ブルース、淋しがりやのキング

著者の第一長編と同一の主人公の短編、二作。どちらもシップ・チャンドラーの主人公が、港の国と人々の軋轢が産まれる場での事件に接する。苦い事件と渋い語り口はまさにハードボイルド。特に表題にもなっている「淋しがりやのキング」が絶品。

甘い汁

山師と実業家のやり取りを描く作品。ウェルメイドな一品。

血が足りない

銃を密造できる青年が、愚連隊とヤクザの争いに巻き込まれて破滅する顛末を描く。自分の子かもしれない三歳児を養う彼が、その子を思う気持ちに胸を締め付けられる。分かりきった破滅に突き進むだけの話ではあるのだが、そのシチュエーションのつらさが心に残る。

夜も昼も

歌手の女とそのマネージャーの男の物語。現代で読むには少しアナクロすぎるかも。もう一捻りあるかと思ったら、そうでもなく終わったので逆に驚いた。

浪漫渡世

著者が早川書房に勤めていた際に、EQMMを創刊する時期の顛末をベースにした半自伝的小説。編集長の葉村は、都筑道夫をモチーフにしているので良さそう。この叢書の次の刊行が都筑道夫なので、次回配本へ続くといったところか。この描写通りなら、当時の早川はなんとまあひどい会社であることか。

解説などは、著者のハードボイルドへの向かい合い方について記されていて、著者の全貌に迫るようなものではない。もう少し初心者向けの概説が読みたかった気もする。

ミステリマガジン2021年5月号

 

6ヶ月ぶりでした。疲れてたり、書きたい本があんまりなかったりで空いちゃいましたね。あとウマやってました。

 

特殊設定ミステリ特集号です。特殊設定ミステリというか、ミステリジャンルの作品であるがゆえに、いびつさを含んだ作品が好きなんですよ。ミステリの必要条件である謎解きがあり、それに合理的な解決が付いていれば、世界観や状況がどれほどめちゃくちゃでもいい、みたいな話が好きなんですね。百鬼夜行シリーズとか『黒死館殺人事件』とか。そういう意味でこの特集号はなかなか良かったです。ミステリというジャンルの懐深さを感じますね。

お迎え 辻真先

死が近くなるとその人にとって大切な人が視界に映るようになる現象「お迎え」とそれを使ったミステリ。小品ながらギミックを使ってすっきりまとまった一品。

ウィンチェスター・マーダー・ミステリー・ハウスの殺人 斜線堂有紀

ウィンチェスター・ミステリー・ハウスが徐々に拡大を続け、北米を覆い、太平洋にまで進出している世界。ハウスの探検を続けるパーティーのうち一人が死亡した。はたまた殺人か、事故か。数分に一度部屋が増殖し、その増殖に巻き込まれると轢断されてしまうという設定からして愉快。太平洋ひいては地球を覆うペースで巨大化しているハウスという設定が奇想短篇のよう。その謎は残念ながら解かれませんが、世界観に即したきちんとした謎解きが待っています。数作しか読んでませんが、斜線堂作品は情の作風だと思っているので、その美点が活かされた一品。一読の価値あり。

複製人間は檻のなか 阿津川辰海

同日に死んだ二人のミステリ作家。その死の真実が、犯人と目された男と探偵によって明かされていく。クローン人間や記憶転移といったオーバーテクノロジーが、さも当たり前のように出てくるところが、特殊設定ミステリらしさか。そういうの好きです。そう長くない短編ながら、この特殊な設定を活かして、二転三転するミステリを作り上げているのは見事。

スワンプマンは二度死ぬ 紺野天龍

思考実験のスワンプマンをベースにしたミステリ。スワンプマンが実際に現れたら、というだけではなく、そこからもう一捻りされている。作中人物が作中論理に殺される趣もあり、その理不尽さがミステリという感触がします。

エリア3 清水杜氏

謎の生物が飼われている施設では、3以上の同じものを見つめると死に至る。まさに特殊設定。こちらは唯一殺人事件ではなく、死を回避するためにどういった行為をとったかという心理サスペンスになっています。なんかシリーズ物らしいんですが、他もこんな感じなんですかね。

 

総じて、なかなか凝った設定の作品が多く、特に斜線堂、阿津川作品が良かったように思います。何篇か追加して書籍化してくれると嬉しいですね。