いつの空にも星が出ていた

 

いつの空にも星が出ていた

いつの空にも星が出ていた

 

 野球ファンというのは因果な趣味だ。NPBの「プロ野球というのは、一年の半分くらい、一週間に五、六日くらい、やってる」ので一年の大半は野球とともに過ごすことになる。ましてプロ野球は平均で3時間13分(2020年平均)やってるので、真面目に見ていると結構な時間を奪われることになる。自分も2013年から横浜DeNAベイスターズのファンになった。毎年の悲喜こもごもは楽しいが、冷静に考えるとあまりに多くの時間を野球に投じて、家族にも迷惑をかけているのではとさえ思う。だのに、俺たちは野球を見てしまう。一年の大半は野球を見ている野球ファンは、野球が脳に巣食っていて、ダメになっている。そんな野球が脳に回ってしまった野球ファンたちが本書の主役たちだ。そして、野球をずっと見続けていると、たまに報われるような美しい時間がある。それはCS出場が決まった時にハマスタで見知らぬ人たちとするハイタッチであったり、生まれたばかりの娘と午後の日差しの中で見るデイゲームだったり、初めてあった人と飲み会で昔馴染みのように贔屓のチームについて話す時だったりする。そんな市井の野球ファンたちのかけがえのない一瞬が、本書のどの短編にも納められている。

 

一編目「レフトスタンド」の舞台は、大洋ホエールズの時代。寡黙な部活の顧問に連れられて見た球場と顧問の姿。短めの短編だが、野球ファン以外から見た野球ファンの不思議な側面が描かれている好編。

 

二編目「パレード」は横浜ベイスターズファンにとって大事な大事な優勝前夜の九七年、優勝を決めた九八年の物語。高校生から社会に出ていく瞬間の少年少女の成長が瑞々しく煌めく。

 

ここまで二編はDeNAからのベイスターズファンからすると遠い昔の物語。個人的に思い入れてしまうのは、やはり次からの二編。

 

三編目「ストラックアウト」は2010年、TBSからの身売りに揺れる時代、そして横浜ベイスターズゼロ年代ブルペンを支えた男、木塚の引退の年だ。真面目に生きるベイスターズファンの電気屋の倅と流れで二股かけても困ったなくらいにしか思っていないチャラ男の同居から始まる物語。二人の仲が色々あって縮まっていく男の友情というかベイスターズファン同士の友情の物語だが、場面設定ややり取りがたまにBLっぽいのが印象的。

「ほんとは、さっき、様子見てきてくれって頼んだ時、行ってくれるなんて思わなかったんだ。あんたは、あんまり人がいいんで……」

「二回も頼んだじゃないか!」

 俺はさすがにキレた。

「どこまでやってくれるんだろうと思って」

 桂士は言った。

「俺、なんか、あんたのこと心配……」

p.196 から引用。

それはそれとして、弱かった時代の空気感をよく伝えている。吉村のホームランに言及した試合はあるのに、内川、村田にあまり言及がないのには味わいがある。

 

四編目「ダブルヘッダー」の舞台はついに横浜DeNAベイスターズになってからの、そしてDeNAにとってもっとも忘れがたい2016, 2017年シーズンが舞台。ベイスターズファンで少年野球でもピッチャーをしている少年が、家族に秘められた物語に直面する。泣けるほどいい子なんですよ、この子が。

ここには野球ファンの負の側面も込められていて、その気持ちは野球ファン以外にはわからないかもしれないが、野球ファンの身からするとリアリティがある。刃牙外伝に「斗羽と猪狩が試合をするのですそれは私にとって全てに優先されることです」という素晴らしい名言があるが、三浦大輔の引退前の試合にはそれだけの価値があるんですよ、わかりますか。かくいう自分も三浦の全盛期は見てないんですが、2013年からのファンでもキャリアの最後にチームを鼓舞し、その力でチームを救ってきた姿を見て、特別視しないわけにはいかないんですよ。三浦を知らない人は晩年のもっとも美しい対戦の動画をご覧ください。今巨人をボコっているSB柳田との最高の対戦が見られます。

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 17年シーズンはDeNAファンにとっては特別で、CS突破からの日本シリーズ進出という美しい夢を見させてくれた年。そこにかつて失われた絆が、野球でしかなし得ない形でよみがえる、本当に素晴らしいおとぎ話になっており、本書を締めくくるにふさわしい作品になっている。

 

横浜ベイスターズ、横浜DeNAベイスターズのファンはもちろん、野球に狂ったことのある人たちにはお勧めできる好作品。野球ファンの気持ちがわからない人も読んだらわかるかもしれません。何が書いてあるか意味がわからないかもしれませんが、まあそれは仕方ないですね。野球ファンは一年の半分は試合を見て狂っているし、残り半分は次のシーズンのことを考えて狂っている人たちなので。来年は満を持しての三浦監督。どんな野球になるのか、2021年シーズンが楽しみでなりません。